2016年第12回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

2016年第12回「名取洋之助写真賞」決まる

公益社団法人日本写真家協会が新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している35歳までの写真家を対象とした2016年第12回「名取洋之助写真賞」の選考審査会を、8月29日(月)JCII会議室で、飯沢耕太郎(写真評論家)、広河隆一(フォトジャーナリスト)、熊切圭介(写真家)の3氏によって行いました。
応募者はプロ写真家から大学在学中の学生までの35名36作品。男性21人女性14人。カラー24作品、モノクロ8作品、混合4作品でした。
選考は1組30枚の組写真のため審査会場の制約もあり受付け順に9作品ずつ4回に分けて行い、第一次審査で10作品を選び、第二次審査で5作品が残りました。最終協議の結果、下記に決定しました。

○二次審査通過者
川上 真   「枝川・十畳長屋の五郎さん」   夢無子  「待ち伏せ・Under Siege」
黒岩 正和  「島魂~TOUKON」        和田 芽衣  「娘(病)とともに生きていく」
板谷 めぐみ 「今日もここに座る、海に出る。-基地の島沖縄の祈り-」

○最終審査通過者
川上 真   「枝川・十畳長屋の五郎さん」
和田 芽衣  「娘(病)とともに生きていく」

2016年第12回「名取洋之助写真賞」発表会資料(PDF)

2016年第12回「名取洋之助写真賞」受賞

2016kawakami川上 真(かわかみ まこと)
1985年 埼玉県生まれ。31歳。
2012年 DYAS JAPANフォトジャーナリスト学校第3期を受講し、フォトジャーナリストとして活動を開始。国内の新聞社、雑誌にて写真を掲載。
22014年 第62回 ニッコールフォトコンテスト モノクローム部門 特選。
第15回 上野彦馬賞 入選。
2015年 第16回 上野彦馬賞 入選。 ロンドン在住。

 

受賞作品 「枝川・十畳長屋の五郎さん」(カラー30枚)

受賞作品 「枝川・十畳長屋の五郎さん」(カラー30枚)

作品について

東京の再開発で取り残される江東区枝川の古い長屋と住人、五郎さんの姿から、記憶や歴史が新しいものに移り変わる様子を撮影したドキュメンタリー作品。

受賞者のことば

この度は栄誉ある名取洋之助写真賞を受賞させていただき大変光栄です。長年、目標としていた賞を受賞できたことに未だ実感が湧きません。枝川の十畳長屋に初めて訪れたのが8年前で、その時間の流れとともに周辺の開発が進みました。歴史を伝える建物が消え、忘れ去られることに危機感を覚え取材を始めました。こうして十畳長屋とそこで生まれ育った人の姿を残せたこと、発表の場を頂けたことに感謝致します。

 

2016年第12回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞

2016wada和田 芽衣(わだ めい)
1983年 神奈川県生まれ。33歳。
2007年3月 北里大学大学院医療系研究科医療心理学修士課程卒。
2007年4月~2012年2月 埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科(助教)。
2014年3月 北里大学大学院医療系研究科医療心理学博士課程単位取得退学。
2014年より写真家佐藤秀明氏に師事。2015~2016年 JPS展入選。
2015年4月~現在 フリーランスの写真家として活動開始。埼玉県在住。

 

受賞作品 「娘(病)とともに生きていく」(モノクロ30枚)

受賞作品 「娘(病)とともに生きていく」(モノクロ30枚)

作品について

生後8ヵ月の娘が先天性の根治不可の病とわかり、受け止め難い現実をファインダー越しに見ることで作者は現実と一定の距離を保つことができた。また、作者は心理士としてがんの臨床に携わっていた際に「患者や家族、当事者のためにあるがままの姿を伝えることの必要性」を感じた。病と向き合いながら生きる親子の5年間のプライベートドキュメンタリーであると同時に、人生のどん底にいるであろう仲間へ向けたエールでもある。

受賞者のことば

今回の受賞は私にとって、娘と私の5年の努力を認めて頂けたということであり、感無量でございます。医療福祉をテーマとして写真を撮り続けようと思う私にとって、奨励賞は文字通り大きな励みとなりました。今後も写真という手法でもって、病や障害とともに生きる患者さんやご家族の人生に寄り添い、また彼らを支える専門職を応援して参りたいと思います。また、この5年間応援し続けてくれた夫に感謝します。

2016年第12回「名取洋之助写真賞」 総評

2016natori_photo選考風景(平成28年8月29日 JCII会議室 撮影・小城崇史)

熊切 圭介(写真家・公益社団法人日本写真家協会会長)

2016kumagiri今回の名取賞を受賞した「枝川・十畳長屋の五郎さん」は近代化から取り残された街と、其処で生きる人達のリアルな姿と人間模様を、細やかで温かい眼差しで、生活感を大事にしながら描いている。話の主人公の五郎さんを中心に、周辺の人達の貧しくとも心豊かに暮らしている姿を、五郎さんのこれまでの人生の手懸りになるような痕跡の数々を丹念に集め、今という時代を生きている五郎さんの人物像を浮き上がらせていている。自分が暮らしている下町の人情も、周囲の環境の変化とともに薄れ、住み難くなってきたと、五郎さんは思っているかもしれない。
奨励賞和田芽衣さんの「娘(病)とともに生きていく」は重い病と向き合いながら生きる親子の、5年にわたる生活記録である。本作品はプライベートドキュメンタリーに属する作品だが、作品から伝わってくる訴求力の強さは、たとえようもなく強い。
人生のすべてが順調だったのに、生後8ヵ月の娘が、先天性の難病であることが分り、予想もしなかった生活を余儀無くされる。自分の娘の病いを前にした時、世の不条理を嘆き苦しんだと思うが、同じような苦しみの中にいる人達のことを考え、希望を持って生きる道を選んでいる。自分には写真という表現手段があることに思い至り、生きる希望の手懸りを得たという。
作品「娘(病)とともに生きる」が、作者の望み通り同じような境遇の人生を送っている人達に対する心のこもったエールになることを期待したい。

広河 隆一(フォトジャーナリスト)

2016hirokawa  名取賞の川上真さんの作品は、枝川・十畳長屋に住む五郎さんというひとりの老人の生活を追っている。土地が東京オリンピックで高騰したため、彼は不動産会社から立ち退き訴訟を起こされた。川上さんは、暖かくそして細やかに、そして時には緊張感をたたえて、この老人の生活を記録することにより、現在という時代が何を奪い、何を失おうとしているか、私たちに伝えている。一枚一枚の写真に、ひとりの老人の記録というだけでなく、私たちの時代の歴史が写し取られ、記録という世界の原点を再確認させる作品となっている。主人公の笑顔の写真からさえ、深い喪失感を感じるのは、写真の力だろう。応募者の多くの作品にみられる「自分探し」に終始する記録をドキュメンタリーと錯覚する人がいるとしたら、川上さんの作品を学習してほしいと感じた。
奨励賞の和田芽衣さんの「娘(病)とともに生きていく」は最後の選考まで私は票を入れ続けた。「命」に見事に対峙していると思った。しかし奨励賞として、私は板谷めぐみさんの「今日もここに座る、海に出る」を推した。国家の暴力が襲う沖縄の辺野古基地建設に抵抗するひとりの女性ヨシおばあの、「人を殺すことにつながる」すべてに対して毅然と立ち向かう姿の写真が、フォトジャーナリズムの精神を体現していると感じた。故福島菊次郎さんに師事したという経歴を見て、納得できた。今後を期待したい。

飯沢 耕太郎(写真評論家)

2016iizawa応募点数が前年の2倍以上に増えたというのは、とりあえず素晴らしいことだ。だが、名取洋之助写真賞の潜在的な可能性は、こんなものではないはずだ。ドキュメンタリー写真を志向する写真家たちの層は、かなりの厚みがあるはずなのに、それらの人たちに賞の存在がしっかりと伝わっていないのではないかと思えるからだ。
とはいえ、今回の名取洋之助写真賞を受賞した川上真さんの「枝川・十畳長屋の五郎さん」は、よく練り上げられたいい作品だった。東京・江東区枝川という、朝鮮系の人たちが1940年代に移住させられた、やや特異な地域を舞台にして、そこの「十畳長屋」で生まれ育った66歳の男性の人生を、じっくりと腰を据えて浮かび上がらせている。いま、立ち退きを迫られて係争中という彼の、渋みのある表情を正面から捉えた写真が実にいい。
奨励賞を受賞した和田芽衣さんの「娘(病)とともに生きていく」は、難病の娘と家族との日々を、やはり真っ直ぐに見つめ返したプライベート・ドキュメント。丁寧に構成された写真の行間から、作者の切実な感情が伝わってくる。
今回は他にも力作が多かった。20代の若い世代の応募も増えてきている。次回もとても楽しみになってきた。