2007年第3回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

2007年第3回「名取洋之助写真賞」決まる

社団法人日本写真家協会が新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している30歳までの写真家を対象とした第3回「名取洋之助写真賞」の選考審査会が、8月27日(月)JCII会議室で、金子隆一(写真評論家)、椎名誠(作家・写真家)、田沼武能(日本写真家協会会長)の3氏によって行われました。
応募者はプロ写真家から高校生までの50名、50作品。年齢は15歳から30歳でした。男性34人、女性16人。モノクロ31、カラー19作品(デジタルを含む)。
選考は30点の組写真のため審査会場の制約もあり10作品ずつ5回に分けて行われ、第一次審査で18作品が選ばれました。二次審査で9作品、綿貫淳弥「豪雪の村~秋山郷~」。堀川烈「大阪慕情」。今村拓馬「Kids-existence-」。山本剛士「被災者の心 ~新潟中越地震~」。中野智文「クラスター爆弾の子供たち」。佐藤淳平「東京遺産」。福島淳史「弁当配達の挽歌」。小坂仁都美「Natural Love」。壱岐紀仁「Black Magic」が残り、さらに三次審査で綿貫淳弥・今村拓馬・山本剛士・佐藤淳平・小坂仁都美の5作品が選出され、最終協議の結果、名取洋之助写真賞は今村拓馬(27歳)「Kids-existence-」、奨励賞は山本剛士(22歳)「被災者の心 ~新潟中越地震~」に決定しました。
作品テーマの幅も広がり質的にも昨年を上回った作品群。次年度に向けて大いに期待の持てる審査会でした。

2007年第3回「名取洋之助写真賞」受賞

今村 拓馬(いまむら たくま)1980年福岡県生まれ。27歳。
2003年九州産業大学芸術学部写真学科卒業。2005年九州産業大学大学院芸術研究科写真専攻終了。現在、フリーランスで活躍中。東京都江戸川区在住。

作品内容

子どもたちの「いま」を見つめ、存在、暮らし、生活を撮った写真。子どもたちが普段生活する場所、子ども部屋などで自然な姿をとらえた作品。
ボランティアなどで子どもと接する活動を続ける今村氏は、彼らの中に感じるのは輝きと凛とした姿、内面にあるパワーとエネルギーだ。しかし、日常的には子どもが子どもらしく生きる場所も少なくなっているのが現状だ。人と人との触れ合いは携帯やメールといったモノを通じた上の接点が増えている。彼らの部屋の中での暮らしぶりに焦点を当てながら個々の環境とその奥にある現代や社会を見つけている。

受賞者のことば
受賞の知らせを頂き、喜びの気持ちで一杯です。私の写真を通じ少しでも多くの方々に子どもたちの生きる世界や、彼らにどのような社会を受け渡すのかを考えて頂けたらと願っています。
それから、被写体になってくれた子どもたち、紹介していただいた方々、ありがとうございます。皆さんの協力があってこそ出来上がった作品です。これからも子どもたちと向かい合う活動や、作品を撮り続けます。

第3回「名取洋之助写真賞奨励賞」

山本 剛士(やまもと たけし)1985年山梨県生まれ。22歳。
日本ジャーナリスト専門学校卒業。現在、フリーランスで活躍中。山梨県南アルプス市在住。

作品内容
 地震によって、自分たちの住んでいた村や町が壊れ、長年住み慣れた場所がなくなり、災害の後の人々の生活や場所を撮った作品。
天災と人災は重なっている。地震により長年住み続けた土地に住めなくなる。山に戻るために人は働く。「自分たちで帰る」という信念で水が抜け、干からびた田を修復し、苗を植え育て、稲を刈る。現在は地域によっては非難解除され、山古志にも人が戻り活気が戻ってきているがまだ寂しさがある。家が水没し戻れない人達がいるからだ。自然災害の後には必ずどこかで取り残される災害難民。それでも人々は何ひとついわず、日々復旧に頑張っている。

受賞者のことば
写真をより多くの人に見て頂けるチャンスが出来た事で、自然災害で苦しむ被災者の心を知ってもらえると思います。何より見てもらえる人達に国がとるべき災害後の対応、責任の取り方についてさらに深い関心をもって頂けると信じています。このチャンスをくれた日本写真家協会の方々、現地(新潟)の人々、お世話になった多くの人達、何より家族にこの場をかりて感謝の気持ちを申し上げます。

<総 評>


選考風景。(平成19年8月27日 JCII会議室 撮影・倉持正実)

第3回名取洋之助写真賞の選考を終えて

田沼 武能
第3回名取洋之助写真賞には50点の作品が応募されてきた。今年の応募作品は、海外取材のものも増え、前回までより内容が多岐にわたっており、当写真賞にも時代の変化が反映されてきているようだ。
全体としては、作品の質、内容も充実してきており、よい傾向に進んでいる。ただ、30点すべてを緊張して見せてくれる作品になると、数が減ってくる。またテーマの内容、その表現にも差が出てくる。そんな条件で作品を絞ってゆき、最終選考にはいずれも甲乙付けがたい作品が9点残った。
そして投票、慎重な討議の結果、名取洋之助写真賞には今村拓馬氏の「Kids-existence-」、奨励賞には山本剛士氏の「被災者の心~新潟中越地震~」が選ばれた。
今村拓馬氏の「Kids-existence-(存在すること、生活状況)」は、2005年に新宿ニコンサロンで発表しており、一応の評価を得ているものだが、都会に住む子どもたちが自室でどんな暮らしをしているか、30人それぞれの個性から性格までを坦々と写し撮っている。静かな画面の中から子どもの生活状況、子どもたちの「心の叫び」まで読みとり表現をしている。
山本剛士氏の「被災者の心 ~新潟中越地震~」は今から3年前に起きた災害である。天災とはいえ個々の被災者にとっては人生の一大事件である。その被災者の現状、境遇、悩みを写真に写しとり、切々と訴えている。それぞれの画面には現状に生きる被害者の苦しみながらも前向きな姿が写し出されている。このようなドキュメント作品は発表して多くの人に伝えなければならぬ使命が写真にはあることを忘れてはならない。

「写真の力」

椎名 誠
今回もなかなか多くの示唆と警鐘にあふれたすぐれた作品が集まった。受賞した作品は、写真の背景に見える部屋の造作や持ち物から察するところ日本の中流家庭の子ども部屋やリビングルームにいる子どもたちの写真のようだ。一人のそういう子どもの情景をとらえただけではあまり見えてくるものはないが、同じコンセプトでとらえられたほぼ同ポジションの写真が連ねられることによって、日本の子どもたちが今置かれている状況が恐ろしいほどありのままリアルに見えてくる。
見るからに満ち足りた裕福そうな個人部屋の中にいる少年少女たちは空虚で生気がない、同時に未来への希望や、子ども特有の夢への想い、その意気込みなどの気配が見事にない。つまり本来子どもたちに大きく巨大に存在しているはずの溌溂としたエネルギーを失ったなんともいえない倦怠がその表情から伝わっている。これはある意味でこれからの日本を象徴する恐怖のドキュメンタリではないかと直感的に思った。それをとらえた作者の静かなモチーフと作品としての描写力に沢山の拍手をおくりたい。
今回のたくさんの応募作品にはアジアやアフリカなどの貧困や騒乱の中にいる厳しく貧しい子どもたちを描写している組写真が何点もあったが、それらの、極端にいえば、明日をも知れぬ不安にみちた小さな命たちの、なんと輝きに満ちたいきいきとした表情なのだろう。こうしたあからさまで皮肉な対比は百万遍の文章や論議では伝えきれない力を持っている。つまり‶ 写真の力 ″だ。受賞作の物言わぬ、しかしこれほど説得力のある雄弁な組写真は秀逸である。

第3回名取洋之助賞審査総評

金子 隆一
第3回を迎えた名取洋之助賞の応募作品全体を審査して、まず感じさせられたことは、30枚で自らの主張を構築することがわかっている作品が多かったことである。この意味においては応募者の成熟ということが言えるわけだが、だからといって作品の全体的なレベルが飛躍的に高くなったというわけではない。
名取賞を獲得した今村拓馬氏の作品は、クールな眼差しで極めて今日的なテーマを切り取っている。パターンに陥りがちな表現方法であるが、子供たちの多様な現実を鮮やかに展開する力は今後に期待を抱かせるものである。
奨励賞を獲得した山本剛士氏の作品には、被災者の心の風景が刻み込まれていよう。一枚一枚の写真からこみ上げてくるざらざらした感情は、過酷な現実にカメラを向けることの意味と責任を背負った写真家という存在のあり方を伝えている。受賞した二人の作品からは、ドキュメンタリーが背負うべき今日的な問題の在り処があぶりだされる力作であった。
だが最終選考まで残りながらも、今回も受賞を逸した綿貫淳弥氏の「豪雪の村 ~秋山郷~」にも同じことが言える力作であった。前回応募作品も合わせてスケールの大きいドキュメンタリーになるであろうことを確信し、また期待をさせる作品であったことは是非ここに記しておきたい。