2017年第13回「名取洋之助写真賞」決まる
公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している35歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第13回選考審査会を、過日、飯沢耕太郎(写真評論家)、広河隆一(フォトジャーナリスト)、熊切圭介(写真家)の3氏によって行いました。応募者はプロ写真家から大学在学中の学生までの28名30作品。男性19人女性9人。カラー21作品、モノクロ8作品、混合1作品で、1組30枚の組写真を厳正に審査し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」に関 健作「Limited future」と「名取洋之助写真賞奨励賞」に楠本 涼「もうひとつの連獅子」の受賞が決まりました。
○二次審査通過者
田形 千紘 「アルビニズムと生きる母と子~タンザニア~」 関 健作 「Limited future」
齊藤 小弥太 「変わりゆくインド-祈りとともに生きる-」 伊藤 真吾 「しんぺーさん」
大村 祐大 「祈りを支える-東チベット仏像工房-」 楠本 涼 「もうひとつの連獅子」
○最終審査通過者
関 健作 「Limited future」
楠本 涼 「もうひとつの連獅子」
2017年第13回「名取洋之助写真賞」受賞
受賞作品「Limited future」(カラー30枚)
関 健作(せき・けんさく)
1983年 千葉県生まれ。34歳。
2006年 順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業。
2007年 体育教師としてブータンの小中学校で3年間教鞭をとる。
2010年 帰国し小学校の教員になるがすぐに退職。
2011年からフリーランスフォトグラファーとして活動を開始。
2017年 APAアワード2017 写真作品部門 文部科学大臣賞受賞。東京都在住。
作品について 脳腫瘍という病気と向き合い、自分と家族の未来を思い描く一人の男を追った作品。
作品について
脳腫瘍という病気と向き合い、自分と家族の未来を思い描く一人の男を追った作品。
受賞者のことば
ずっと憧れていた賞をいただき、大変光栄に思います。受賞のことを一番に作品の主人公である来山さんに伝えたいです。深刻な病をかかえ、自分や家族のことで余裕がない中「おまえのためになるなら」と撮影を快諾してくれました。大きな胸を貸してくれた彼に尊敬と感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
2017年第13回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞
受賞作品「もうひとつの連獅子」(カラー30枚)
楠本 涼(くすもと・りょう)
1982年 徳島県生まれ。34歳。
2007年 徳島大学大学院工学研究科生物工学修士課程修了。
同年より医薬品開発職に約4年間従事。
2009年 よみうり写真大賞 年間賞 佳作。月間賞 佳作 2回。
2011年~現在 写真業で独立。フリーランスとして活動。
2014年 第15回上野彦馬大賞 入選。京都府在住。
作品について
自分の居場所を守るためにマイノリティーであることを選んできた老齢の舞踊家と、若き弟子たちが、何を授受するのかを追った作品。
受賞者のことば
栄えある写真賞で評価いただき大変光栄です。写真や映像が身近になった昨今、個人の物語に光をあてるのは、入口は広く、ある意味で出口の狭いものだと感じています。取材を通して、全てをさらけ出し、多くの気付きと学びを与えて下さった金崎さんとお弟子さん、そして常に支えてくれた家族に心から感謝します。今回の賞を励みに、今後も多くの方を訪ね、調べ、聞き、知り、形にする挑戦を今後も続け邁進して行きたいと思います。
授賞式:平成29年12月13日(水)午後5時 東京都新宿区 アルカディア市ヶ谷「富士の間」
受賞作品展:
平成30年1月26日(金)~2月1日(木)富士フイルムフォトサロン東京
平成30年2月16日(金)~22日(木)富士フイルムフォトサロン大阪
2017年第13回「名取洋之助写真賞」 総 評
熊切 圭介(写真家・公益社団法人日本写真家協会会長)
「名取洋之助写真賞」は余命10年と宣告された人、7年間の闘病生活の末に亡くなった母親の話、新しい生命の誕生など、作者の周辺に起こった様々な人間のドラマを、深く細やかな眼差しで描いている。生きるとは、生命とは、という重いテーマを、日常性を感じる描写で表現しているのでリアリティがある。表現としては寡黙と言えるが、友人の「何時死んでもいいように、毎日満足して生きるように心がけている」という言葉に前向きの姿勢を感じ、作者の思いと深く重なって伝わってくる。幸せになるのに一番大事なことは、いかなる運命と出会っても、それと折りあえる意志と心を持つことだろう。
「名取洋之助写真賞奨励賞」は複雑な家庭環境に育ちながらも、舞踊家として自分の世界を築きあげる一人の女性の姿を、撮影対象と少し距離を置いた視線で捉えているヒューマンドキュメントだ。国立大劇場でのソロ公演をこなすなど舞踊家としてかなりの実績を残し活躍しながら、突然表舞台から姿を消した。舞踊家としての現在の生き方に疑問を感じ、一人の女性としてこれからの人生を肯定的に捉え生きていこうとする姿勢と意志が、開いた扇に象徴的に表現されていると感じた。
広河 隆一(フォトジャーナリスト)
名取賞の30枚の写真を良い写真で揃えるというのは至難の技で、名取賞の関健作さんの作品「Limited future」も、どれをグラビアのトップにできるかと言ったら、それは非常に難しいのだけれど、名取賞は、そういうグラビアや雑誌の何ページとかではなく、30枚の全体で見せるもので、そういう点で粒のそろったレベルの高い作品だと感じた。奨励賞の楠本涼さんの「もうひとつの連獅子」は、すごいダイナミズムとかエネルギーがある訳ではないし、ジャーナリズムの賞として相応しいかどうかは分からないが、「そこへ行けばそれが撮れる」というような作品が多い中、この作品は、そういうものからもう一歩対象に入り込んだ深みのある作品になっている。全体としては「あそこへ行ったら、これが撮れるぞ」と、それで撮ったような、よく見る写真、よく見るパターンが多かったのは残念だ。政治などの問題もあるかも知れないが、目の前で起こっていることに興味を持たない、なにかテーマの探し方に問題があるのかも知れない。日本写真家協会には、これからも、名取賞など、日本にフォトジャーナリズムを根付かせるための事業にぜひとも取り組んで欲しい。
飯沢 耕太郎(写真評論家)
名取洋之助賞の審査は3回目だが、今回が内容的には一番充実していた。応募点数は前回より少し減ったが、クオリティの高い力作が多く、審査していて楽しかった。ただ、特に海外に取材した作品に、ドキュメンタリー=フォト・ジャーナリズムの「型」にはまったものがやや多かったように思う。情報を独自の視点で解釈し、新たな切り口を求めていく志向をもっと強めていってほしい。
その中で、名取洋之助賞を受賞した関健作「Limited future」は、脳腫瘍を宣告された友人の手術後の生活ぶりを追うという、切実な動機に裏づけられた作品で、審査員3人の高い評価を受けた。個人的なテーマを、より社会的な広がりを持つメッセージとして打ち出していくという点においてはまだ課題があるが、的確な構成で見る者を引き込んでいく力を備えている。青年海外協力隊でブータンに派遣、APAアワードで文部科学大臣賞を受賞というユニークな経歴も今後の活躍を予感させるものがある。
奨励賞を受賞した楠本涼「もうひとつの連獅子」も、あまり取り上げられることのないテーマに目を向けたユニークな作品だった。孤高の舞踊家の生き方が、緊張感のある写真群からしっかりと伝わってくる。今回は二人とも34歳という年齢だったが、もう一回り若い世代のチャレンジにも期待したい。