2023年第18回「名取洋之助写真賞」発表
公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している40歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第18回選考会を、過日、山田健太(専修大学教授)、清水哲朗(写真家・JPS会員)、熊切大輔(写真家・JPS会長)の3氏によって行いました。応募はプロ写真家から在学中の大学生までの13名14作品。男性8人、女性5人。カラー11作品、モノクロ3作品。1組30枚の組写真を厳正に選考し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」は中条 望「GENEVA CAMP-取り残されたビハール人-」、「名取洋之助写真賞奨励賞」には2作品、齊藤 小弥太「土地の記憶」と小山 幸佑「私たちが正しい場所に、花は咲かない」の受賞が決まりました。
○最終選考候補者
・中条 望「ロヒンギャ・帰るべき故郷を求めて」 ・May「帰れない人々~ミャンマー避難民の村~」
・児玉 浩宜「ウクライナ 自由を求める少年たちの心のシェルター」 ・齊藤 小弥太「土地の記憶」
・中山 優瞳「さくら写真館」 ・小山 幸佑「私たちが正しい場所に、花は咲かない」
・中条 望「GENEVA CAMP-取り残されたビハール人-」
第18回「名取洋之助写真賞」受賞
受賞作品「GENEVA CAMP-取り残されたビハール人-」(カラー30点)
中条 望(ちゅうじょう・のぞむ)
1984年 三重県生まれ。39歳。
同志社大学卒業。大学在学中より活動を始め、フリーランスフォトグラファーとして難民キャンプ・スラム・辺境に生きる人々の撮影と発表を続けている。
2019年「サゴッタ 11歳の女の子が過ごす難民キャンプ」オリンパスギャラリー東京・大阪
2021年「今ここで生きる:ロヒンギャ難民キャンプ」オリンパスギャラリー東京、など個展開催。他グループ展出展。
毎日新聞夕刊 写真特集「eye」に「共に故郷守り、生き抜く ネパール地震8年(2023年4月1日付)」、「ロヒンギャ 光を求めて(2023年1月14日付)」掲載、他雑誌への寄稿。公益社団法人日本写真家協会会員。三重県在住。
作品について
バングラデシュ国内に存在するビハールキャンプの中で最大の「GENEVA CAMP」を取材した作品。1971年バングラデシュ独立戦争の際にパキスタン軍への協力を行ったビハール人はパキスタン軍降伏後に弾圧の対象となり難民化。今も約20万人がキャンプに暮らし社会から取り残されバングラデシュへの完全な帰属を求め続けている。「社会から取り残された共同体から抜け出し、ただ一人のバングラデシュ人として暮らす姿を見届けるまで私は撮影を続ける。1日も早く彼らが望む場所にたどり着くことを願って」
受賞者のことば
目標としていた名取洋之助写真賞を受賞することができ大変光栄に存じます。
バングラデシュ独立の翌年1972年に設立されたGENEVA CAMP、今もそこで暮らし続けるビハール人の窮状と尊厳をこのような場で伝えられることで、ようやく私の義務を一つ果たせたと感じています。2012年に初めて訪れてから今日に至るまで、私を優しく受け入れ続けてくれた彼らに心より感謝いたします。彼らが望む場所に辿り着くその日まで、私は撮影を続けたいと思います。
第18回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞
受賞作品「土地の記憶」(モノクロ30点)
齊藤 小弥太(さいとう・こやた)
1986年 神奈川県生まれ。37歳。
2008年 日本写真芸術専門学校海外フィールドワーク科卒業。
2009年 ファッションスタジオ勤務を経て、フリーランスとして活動中。
2013年 「永遠の園」新宿、大阪ニコンサロン
2019年 「サンディマンディラム – 終の家 -」CANONギャラリー銀座、大阪
2022年 「Physis」エプサイトギャラリー丸の内
2022年 TOKYO BRIGHT GALLERY 所属 千葉県在住。
作品について
2029年3月31日に新設予定の成田空港第3滑走路の工事を取材した作品。集落では高齢化が進み、昔のような大きな反対運動はなく淡々と移転が進んでいる。2019年から先祖代々の土地に生きる人々の暮らしと、昔から続く素朴な風景に心を惹かれ、取材を始めた作者。失われゆく景色と人々の営みを記録した。
受賞者のことば
この度は奨励賞を受賞させていただき、誠に嬉しく思います。成田国際空港の第3滑走路新設に伴い、移転対象の地域では徐々に住民が集落を離れており、昔から続く営みは時間の経過と共に失われています。淡々と移転へと進む中で住民の方々が抱える様々な想いや、土地の風景を記録してきました。今では存在しない風景も多くなり、いずれ記憶も風化してしまいますが、確かに存在した土地の記憶を展示を通じて感じていただけたら幸いです。
第18回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞
受賞作品「私たちが正しい場所に、花は咲かない」(カラー30点)
小山 幸佑(こやま・こうすけ)
1988年 東京都生まれ。34歳。
2017年 日本写真芸術専門学校卒業。
出版社カメラマンを経て2020年よりフリー。
2021年 写真家の共同運営による自主ギャラリー「Koma gallery(東京都恵比寿)」設立。東京都在住。
作品について
2018年より制作しているイスラエル/パレスチナについてのプロジェクト。作者はひとりの外国人の立場を利用して対立する双方の地域に暮らす人々の写真を撮り、両地域を隔たる700Kmのコンクリートの壁の「向こう側に暮らす人々への手紙」を現地の人に書いてもらった。言語が違うため「伝わらない手紙」だが、それぞれに異なる正義の形と、似通った平和への願いが込められている。
受賞者のことば
名取洋之助写真賞奨励賞に選んでいただき、とても光栄です。コロナ禍での取材を含め、遠い日本から来た私を受け入れてくださったイスラエル/パレスチナの人々に心から感謝すると共に、彼らから託されたものをこの機会に多くの方々にご覧いただくことができれば嬉しく思います。いずれきちんとした形として残せるよう、今回の受賞を励みにして引き続き取材を継続していきたいと思っています。
2023年第18回「名取洋之助写真賞」総評
熊切 大輔(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会長)
しっかりと取材された素晴らしい作品が集まり、我々選考委員を大いに悩ませてくれた。結果昨年とは対象的に、奨励賞に2作品を選出するという結論になったわけだが、選考委員の意見は早い段階で一致する形となった。
名取洋之助写真賞は中条望さん「GENEVA CAMP-取り残されたビハール人-」。そのテーマはバングラデシュで取り残された民族ビハール人の姿だ。抑圧されたキャンプ生活の現実をしっかりと捉えながらも、活き活きとした力強い表情を色濃く写し出している。後半に向かって希望の光が見えるような作品構成も印象的だった。
奨励賞一人目は齊藤小弥太さん「土地の記憶」。一見収束したように見える昭和から続く成田空港土地収用問題。今も翻弄される人々とその土地の風景を淡々と切り撮った作品だ。撮影者が被写体に静かに寄り添うような距離感がそれぞれの思いを表現している。
奨励賞二人目は小山幸佑さん「私たちが正しい場所に、花は咲かない」。イスラエル・パレスチナを分断する壁。互いの人々の交流をその手紙とポートレートで構成された表現が面白い。一見和やかに見えるが両者の根深い問題、感情がさらけ出されている。
いずれも撮影者の個性あふれる作品で、甲乙つけがたいものであった。受賞をきっかけに更にそれぞれのテーマを掘り下げてほしいと思う。
清水 哲朗(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会員)
第18回名取洋之助写真賞受賞の中条望さん、奨励賞の小山幸佑さん、齊藤小弥太さんの作品はいずれも「取材力・写真力・構成力」に優れ、テーマや被写体と丁寧に向き合い、弱者の声を代弁する甲乙つけ難い力作だった。中条さんはビハールキャンプに暮らす人々に寄り添い、日常から垣間見える窮状を写真とキャプションで情報量たっぷりに訴えた。制限される取材環境でカメラを取り出すことの難しさ、撮影・発表することで抱える困難も予想されるが、テーマに本気で向き合う覚悟が伝わってきた。小山さんは前回最終選考まで残った作品と追加取材作品を織り交ぜブラッシュアップしたことで、ポートレートと手紙、風景のバランスが良くなり、見やすさと作品の質が増した。齊藤さんは、静かに淡々と進む成田空港第3滑走路の増設工事と限界集落に暮らす人々の日常、風景を美しいモノクロプリントで丁寧に伝えている。本作を序章とし、滑走路が運用される2029年3月末まで継続的に取材、発表されることで作品の深みがより出るだろう。
今回は13名14作品からの選考だったが、コロナ禍に見舞われたここ数年とは違い、少数精鋭の印象を受けた。ただ、35歳以下の応募3名はあまりにも寂しい。
山田 健太(専修大学教授)
写真はその瞬間を切り取ったものであるが、そこに至る歴史的経緯や背景があったり、その後の未来を映し出すものでもある。ジャーナリストとしての眼が、そうした過去・現在・未来の時代性を見据えているか、あるいは30枚の組み合わせで表しているかに着目すると、中条さんはバングラデシュ少数民族の苦悩を住民の視点からきちんと伝える作品に仕上げていた。また奨励賞の齊藤さんも、成田という特異な歴史を背負う土地をめぐる、社会から忘れかけられたテーマにしっかり向き合う注目の作品だった。あえて地名を隠すことで一般化しているように思えたが、こうした具体と抽象、固有と全体の往復作業によって、より作品に深みを持たせる試みを、より進化させることを期待したい。また、小山さんは昨年の作品をさらに洗練させ、ポートレートや手紙との組み合わせという新しい手法で、どこまで何を描けるかの挑戦を引き続き期待したい。
今回、応募年齢の引上げ枠に該当する方の応募が増えたが、それでもまだ絶対数が伸び悩んでいる。ドキュメンタリーフォトを志す、あるいは実践する者の減少は、日本社会の衰退、知力の低下と正比例しているようで強い危機感を感じざるを得ない。来年を期待したい。
授賞式:
2023年12月13日(水) 東京都新宿区 アルカディア市ヶ谷
受賞作品展:
2024年1月26日(金)~2月1日(木)富士フイルムフォトサロン東京
2024年3月1日(金)~3月7日(木)富士フイルムフォトサロン大阪