2024年第19回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

2024年第19回「名取洋之助写真賞」発表

公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している40歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第19回選考会を、過日、山田健太(専修大学教授)、清水哲朗(写真家・JPS会員)、熊切大輔(写真家・JPS会長)の三氏によって行いました。応募はプロ写真家から在学中の大学生までの21名21作品。男性17人、女性4人。カラー16作品、モノクロ3作品、モノクロ・カラー混合2作品。1組30枚の組写真を厳正に選考し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」は藤原 昇平「東京オアシス」、「名取洋之助写真賞奨励賞」には星野 藍「赤き星が落ちた世界 ソビエト連邦崩壊の残響」の受賞が決まりました。

○最終選考候補者

・manami tanaka「何でもない光」  ・星野 藍「赤き星が落ちた世界 ソビエト連邦崩壊の残響」
・番匠 健太「PASHMINA」      ・May「HOME and HOPE~ミャンマー避難民の村~」
・藤原 昇平「東京オアシス」      ・ジェイムス・オザワ「山歌-Sanka-」
・山下 裕「続いていく日常」      ・五十嵐 丈「ある集落の遺影」

第19回「名取洋之助写真賞」受賞

受賞作品「東京オアシス」(カラー30点)

藤原 昇平(ふじわら・しょうへい)

1987年 京都府生まれ。37歳。
2012年 立教大学社会学部卒業。
2013年から2018年まで、神戸新聞社にて記者として勤務。
2018年 同社退職後、日本写真芸術専門学校でドキュメンタリー写真を学ぶも中退。
現在、会社員として働きながら、写真制作をライフワークとして続けている。
2019年 『週刊文春』6月13日号に「戸山ハイツ」のルポを寄稿。
同年10月及び11月、銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロンで「東京オアシス」の個展を開催。東京都在住。

作品について

東京都新宿区にある老朽化したマンモス団地である都営住宅「戸山ハイツ」は、鉄筋コンクリート造りの35棟に約3,300世帯5,600人が暮らしている。高齢化率は56%で“都会の限界集落”としてメディアでも取り上げられるため、住民たちは取材を歓迎しない。2018年春、はじめて団地を訪ねた時は、断られ続けたが、部屋の外でポートレート写真を撮ってプレゼントし続けることで、次第に取材を許されるようになり、住民たちの井戸端会議などにも参加するようになった。新型コロナウイルス感染症の蔓延により、住民たちの環境は変化したが、近所付き合いや助け合いは続いている。この団地には時代が移り変わっても変わらずに在り続けるものがあることを伝えた作品。

 

受賞者のことば

名取洋之助写真賞を受賞し、大変光栄に思います。2018年から都営住宅「戸山ハイツ」に通い続け、コロナ禍で撮影が困難な時期もありましたが、住民の皆様は常に温かく迎え入れてくれました。高齢化が進む日本の縮図である戸山ハイツは、メディアではネガティブに描かれることが多いですが、ポジティブな視点で捉えることは若い世代に「希望」をもたらす重要な意味があると考えています。歳を重ねることを前向きに受け入れる社会を願い、今後も撮影を続けていきます。

第19回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞

受賞作品「赤き星が落ちた世界 ソビエト連邦崩壊の残響」(カラー30点)

星野 藍(ほしの・あい)

福島県生まれ。
デザイナー・アートディレクターの会社員として勤務するかたわら、旧ソ連構成国、旧ユーゴスラビア構成国など、旧共産圏の痕跡を主に写真として残している。APAアワード2024金丸重嶺賞受賞。著書として『旧共産遺産』『未承認国家アブハジア』『幽幻廃墟』などがある。

 

 

作品について

従姉の自死をきっかけに日本中の廃墟写真を撮り始めた。廃墟に感じた感覚は従姉の死と強く重なった。私的備忘録の写真が、2011年3月の東日本大震災で流転した。故郷福島がかつてのチェルノブイリのような廃墟の街になってしまうかもしれない、と当事者意識の感情を抱き2013年11月、実際に渡航。旧ソ連各地に残る“失われたユートピア”に興味を抱き、強くひきつけられた。多くの人が希望を抱いた共産主義も終わり、叶わぬ楽園の見た夢の跡、赤き恒星の終焉は廃墟として残された。廃墟とは物言わぬからこそ雄弁に現実を語り、時として人間より饒舌だ。「廃墟とは、無機物の群像劇である」との思いで撮った作品。

 

 

受賞者のことば

この度は名取洋之助写真賞奨励賞を受賞できたこと嬉しく思います。
極東島国では目にすることができない旧ソ連各地に残る「失われたユートピア」に興味を抱き、強くひきつけられ気が付けば十年以上が経ちました。
廃墟とは物言わぬからこそ雄弁に現実を語り、時としてそれは人間よりも饒舌であると感じます。そして一人一人がそれぞれのドラマを持つ無機物の群像劇のようにも見えます。
好奇心がついえぬ限り私の旅は続くでしょう。


2024年第19回「名取洋之助写真賞」総評

熊切 大輔(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会長)

今回応募作品は21名21作品の応募と昨年を大きく上回り、ドキュメンタリーに取り組む若い写真作家の新たな、そして力強い息吹を実感することが出来た。
その作品テーマ、表現手法もバラエティーに富んでおり、多様化した現代社会の縮図がそこに現れているようであった。そんな力作ぞろいの作品のなかで光っていたのが藤原昇平さんの作品「東京オアシス」だった。東京新宿という都会のど真ん中にある巨大な都営団地。昭和の高度成長期に建てられた団地群は限界集落と化しており、これは日本全体でも起きており、今まさに静かに直面する大きな社会問題でもある。それを淡々と、しかし人間味あふれる切り撮りで人々の暮らしをいきいきと描いている。どこか寂しく、しかしほっこりとした空気感を写し出しているのは、撮影者と被写体の絶妙な距離感がなせる技なのではないだろうか。
奨励賞は星野藍さんの作品「赤き星が落ちた世界 ソビエト連邦の残響」になった。昨今廃墟を被写体とするケースが増えている。しかしソビエト連邦が残した廃墟は規模が違う。理想国家の終焉というスケールの大きさをその構造美をいかして見事に表現できている。
廃墟の喪失感は撮影者の苦難の体験と重なり、空虚な心の内が垣間見える。
対象的な2作品だがそれぞれ力強く、心に残る作品になったのではないだろうか。

清水 哲朗(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会員)

30枚組と枚数設定のある本賞は応募者皆同じ条件だけに「取材力・写真力・構成力」の差が結果に表れやすい。被写体や土地、情勢の変化は長年追う人ほど有利に表現できる。
名取洋之助写真賞の藤原昇平「東京オアシス」は取材拒否の壁を泥臭い訪問と丁寧な交流を繰り返すことで受け入れてもらった渾身作。2019年の個展発表作品をベースに新作を交えて再構成したことで深みが出た。高齢化の進む都営住宅は悲劇も少なくないが、そこを主題とせず、個の集合体である団地の適度な距離感を保ちつつ行う互助と住民の人物像を淡々とキャプション付きで描いたのが心に響いた。奨励賞の星野藍「赤き星が落ちた世界 ソビエト連邦崩壊の残響」はシリーズで撮り続けている揺るぎない視点、安定感、写真力が評価につながった。ただ、撮影意図の従妹の死が廃墟に目を向けるきっかけはわかったが、福島出身の作者が東日本大震災を機にチェルノブイリに渡航し、その後の視点につながったという本質は作品や構成からは伝わらなかった。今後、本質が表現に反映されることを期待したい。選外にはモノクロにした意味が伝わりにくいもの、仕上げの悪さで損をしたもの、もう少し時間をかけたら高評価になりそうなものもあった。あきらめず再挑戦して欲しい。

山田 健太(専修大学教授)

応募点数が前年比で1.5倍、35歳以下応募者数は昨年に比べ2倍近く増えたことを、素直に喜びたい。とりわけ今年は、戦争が止まない時代状況や国内外で進む格差・分断に、若い世代がどう向き合っているかが気になった。ドキュメンタリー・フォトがジャーナリズムの重要な一翼を担うとするならば、戦争をさせない、弱者の立場に立つといった基本的姿勢をどう写し込んでいるかということになる。そうしたなか、名取賞の作品は高齢化社会の実相を温かい眼差しで捉えたもので、応募者の優しさが伝わり、組み写真の特徴をうまくいかした秀作だった。一方で奨励賞は、1枚1枚の写真が絵になる力強い完成された作品群であるものの、作者の東日本大震災の思いがどう写真と結びつくのかは疑問が残った。受賞作以外にも屋久島、義手、限界集落、ミャンマーなど挑戦的な力作がそろったが、扱い方が平板であって切り口を工夫するなど、もっと訴求力をアップする手立てが残されていると思う。戦地に赴く意思は高く評価するものの、「現場」は国内の身近なところにも数多くあり、さらに撮り手の「新しい発見」と「時代を見る眼」に期待したい。


授賞式

2024年12月11日(水)  アルカディア市ヶ谷

受賞作品展

2025年1月17日(金)~1月23日(木) 富士フイルムフォトサロン東京
2025年2月28日(金)~3月6日(木) 富士フイルムフォトサロン大阪