2021年第16回「名取洋之助写真賞」受賞者発表

2021年第16回「名取洋之助写真賞」決まる

公益社団法人日本写真家協会は、新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主としてドキュメンタリー分野で活躍している36歳までの写真家を対象とした「名取洋之助写真賞」の第16回選考会を、過日、山田健太(専修大学教授)、清水哲朗(写真家・JPS会員)、野町和嘉(写真家・JPS会長)の3氏によって行いました。昨年は新型コロナウイルス感染拡大の為、募集を取り止めた事により2年ぶりの選考会となりました。通常、応募規定の年齢制限は35歳までですが、今回は昨年を考慮して36歳までとしました。応募はプロ写真家から高校在学中の学生までの26名26作品。男性15人、女性11人。カラー15作品、モノクロ8作品、モノクロ・カラー混合3作品。1組30枚の組写真を厳正に選考し、最終協議の結果「名取洋之助写真賞」に川嶋久人「失われたウイグル」と「名取洋之助写真賞奨励賞」に喜屋武真之介「母と、子」の受賞が決まりました。

○最終選考候補者
・喜屋武 真之介「母と、子」
・川嶋 久人「失われたウイグル」
・鈴木 竣也「Đổi đời ドイドイ -未来を変える為に-」
・齊藤 小弥太「サンディマンディラム-終の家-」

第16回「名取洋之助写真賞」受賞

受賞作品「失われたウイグル」(カラー30枚)

川嶋 久人(かわしま・ひさと)

1986年 千葉県生まれ。35歳。
2016年3月 日本写真芸術専門学校卒業。
IT業界紙のカメラマン、写真事務所でのアシスタントを経てフリー。
取材費を稼ぐためアルバイトをしながら、写真や文章をマスメディアで発表する。
埼玉県在住。

 

 

作品について

かつての街は、そこにはなかった。1年ぶりに中国の新疆ウイグル自治区を訪れた。国旗、警察官、検問所、監視カメラの数が劇的に増えていて、いまではもう完全に自由がない。イスラーム寺院(モスク)は完全に警察の管理下に置かれ、強制収容所も建設された。中国政府は2017年春ごろから、テロ対策と称して、イスラームを信仰するトルコ系少数民族のウイグル人に対する弾圧を推し進めた。中国と欧州をつなぐ広域経済圏「一帯一路」戦略を迅速に進めるためには、民族問題のくすぶる新疆は「安定」させなければいけないのである。2017年ウイグルをテーマにした写真展を行った際「ウイグルを取り巻く環境がいくら厳しくなろうとも、彼らの日々の暮らしにおける文化、伝統はそう簡単に失われるものではない」と書いたが、そうではなかった。現在彼らの宗教的権利、文化的権利、そして人権は中国政府によって急速に奪われている。

 

受賞者のことば

名取洋之助写真賞を受賞することができ大変光栄に思います。新疆は安易に写真家と名乗ることはできない政治的状況にありますが、それでもカメラを首にさげた私を受け入れてくれたウイグルの方々に感謝しています。ここ数年ウイグルの状況は悪化の一途を辿っていて、さらにコロナ禍も加わり現地の情報が全く伝わってきません。この受賞を機にウイグルは終わりではなく引き続き撮影をしていかなければいけないと思っています。

第16回「名取洋之助写真賞奨励賞」受賞

受賞作品「母と、子」(モノクロ30枚)

喜屋武真之介(きゃん・しんのすけ)

1985年 沖縄県生まれ。36歳。
2009年 京都大学文学部中退、毎日新聞社入社。
2014年から写真部に所属し、仙台駐在などに赴任。
2021年からは沖縄駐在。
2018年 東京写真記者協会 奨励賞。

 

 

作品について

「児童虐待」という言葉が定着して久しい。児童虐待の事件が報道されるのは、ごく一部。事件化せずに苦しみの渦中で生きる子どもたちの姿を知る機会は少ない。この作品で撮影した女性はシングルマザーだった母親に幼い頃から虐待されて育った。精神的に不安定な母親が自死。女性は児童自立支援施設に入ったが、中学卒業後は施設を出て、知人宅を転々としながら、荒れた生活を送る。そんな中で身ごもった女性は、周りの反対を押し切り、21歳で長男を出産した。そして「虐待の連鎖」を繰り返し始めた。「子どもを愛したい。でも愛し方がわからない」 母と重なる自身の行為に後悔を繰り返しながら、手探りで子どもと向き合う日々を、妊娠中から長男が5歳になるまでの約5年半をまとめた作品。寄り添い、傷つきながら生きる母子の姿を通じ、児童虐待の残す心の傷の深さと解決の難しさを伝えたい。

受賞者のことば

5年以上かけて母子を撮りながら、友人として微力ながらサポートを続けてきました。「親」になろうと暗中模索する彼女に心打たれる一方、時に苛烈に子どもに接する姿に児童虐待が残す影響の根深さと、日本の支援制度の心許なさ、そして私自身の無力さを何度も感じてきました。この作品が、児童虐待の加害者も被害者も生み出さない社会に近づく小さな助けになることを願っています。素晴らしい賞を頂きありがとうございました。


2021年第16回「名取洋之助写真賞」総評

審査風景 写真左から清水哲朗、野町和嘉、山田健太の各氏


野町 和嘉(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会長)

ウイグル自治区において100万人近いウイグル人が強制収容所に入れられ、洗脳や心理的拷問が行われているとして、今年(2021年)になって、欧米を中心に痛烈な中国非難が叫ばれるようになった。
川嶋久人さんは、そのウイグル自治区に2010年以来毎年のように通い、人々の暮らしの周辺に徐々に迫ってくる弾圧の片鱗やその気配を丹念に撮影してきた。ほぼ時系列に沿って組まれた30点で構成されたストーリーの後半部分は、“ウイグル問題”に集中した写真が大半であるが、早い時代の作品では、ウイグルの伝統的で伸びやかな暮らしぶりと向き合っており、本来は民族文化への深い共感から始めた取材であったことがうかがえる。華やいだ民族文化で盛り上がっていたバザールや祈りの空間が、数年後には監視の目が光る息苦しい空間に成り果ててしまっていることなど、年月をかけて見つめたことで、写真の持つ記録性が遺憾なく発揮された優れたドキュメンタリーとなっている。
名取洋之助写真賞奨励賞作品、喜屋武真之介さんの「母と、子」は、正直言ってやや恐怖を感じさせるストーリーである。世代を跨いだ児童虐待連鎖の中で苦悶する母と子を、5年半にもわたって見つめてきたその執念には頭の下がる思いだ。ただプリント仕上げに配慮が足りず、写真のディテールにしっかりこだわっていれば、より深い人間性があぶり出せたのではないかと惜しまれてならない。

 

清水 哲朗(写真家・公益社団法人日本写真家協会 会員)

昨年度が募集中止となり2年ぶりの選考。世界的にコロナ禍におかれている現在、国内の現況を捉えた作品が多く出てくるかと予想していましたが、結果的には数える程度。傾向としては世界の報道写真の潮流を意識したアート表現寄りのスタイリッシュ作品もありましたが、表層的で踏み込みが甘く、写真的には美しいけれどその環境に置かれる人々の背景が見えてこない感情に響いてこないもどかしさを感じました。また人物の顔を連続的に並べる場つなぎ、数合わせ的な構成が目立ったのは30枚組応募の厳しさとドキュメンタリーを伝えるメディアや指導者不足を危惧しました。
名取賞受賞の川嶋久人さん「失われたウイグル」は現地へ何度も足を運び、時間をかけた取材と構成力、美しいプリントで激変した日常を丁寧に描いています。穏やかだった日々から静かに転調、自身もいつ拘束されるかわからない中で取材した2018年の作品から伝わってくる「恐怖・不自由・無力感」は胸に迫ってきました。前回も最終選考候補に残った実力者だけにイメージ被りのない30枚組は内容、構成に抜群の安定感がありました。奨励賞の喜屋武真之介さん「母と、子」は繰り返される児童虐待、自傷行為、貧困に苦悩する親子を長期的に追った深みのあるストーリー。プリントを丁寧に仕上げ、細部まで階調を見せていたら、さらなる高評価をした可能性もありました。

 

山田 健太(専修大学教授)

2年分の応募点数ということで一昨年を大きく上回るのか、移動を厳しく制限される中で逆に減ってしまうのか心配をしていたが、おおよそ例年並みの応募数と聞き安堵した。ただし、このコロナ禍をどう切り取るのかとの期待については、正面から扱ったのは1作品のみで、むしろ来年以降に持ち越しの課題といえよう。
そのなかで、この2年間の巣篭もり生活によって、より深刻化しているとされる家庭内の課題を母子の日常を通じてストレートに訴えたのが奨励賞の作品だ。加えて撮影地の沖縄は子どもの貧困でも全国最悪レベルといわれる中、いま伝えるべきことを、いま伝えるというジャーナリズムの原点を感じさせた。
名取賞の作品も長期の継続取材によって、ウイグルの監視社会化を見事に捉えたもので、全員一致の受賞だった。一言でいえば完成度の高さといえようが、テーマの明確性、生活そして個々人の人権へと国家が介入するという抽象的な課題を具体化する表現力、さらには組み写真の利点をうまく生かした見る者に対する説得力をみせた。
国内外の取材が大きく制限を受けるなか、応募作にはアフガニスタン、インドほか海外取材の成果が数多くみられ、その若いエネルギーを大変頼もしく思ったが、是非ともコロナとうまく折り合いをつけながら、今後も積極的に「現場」に足を運んでもらいたいとの強い思いをこの作品に込めて、一票を投じた。

 


授賞式:

2021年12月8日(水)JCIIビル6階(予定)

受賞作品展:

2022年1月21日(金)~27日(木)富士フイルムフォトサロン東京

2022年2月4日(金)~10日(木)富士フイルムフォトサロン大阪