第4回「笹本恒子写真賞」 受賞者
渋谷 敦志(しぶや あつし)
【受賞理由】
ジャーナリズムをベースとしたグローバルな視点と、民族紛争、飢餓、難民、環境破壊といった不条理に晒され、生存を脅かされている弱者に寄り添った、長年にわたる真摯でアクティブな取材活動とそれらから生まれた作品に対して。
渋谷 敦志 プロフィール
1975年 大阪府生まれ。
1996年 大学を休学して一年間ブラジル・サンパウロの法律事務所で働く。
1999年 MSFフォトジャーナリスト賞受賞。国境なき医師団日本主催。 野宿者の実状を取材したルポ。
受賞をきっかけにアフリカやアジアでの取材を始める。 現在は東京を拠点に、世界中の紛争や貧困、難民の問題を写真と言葉で伝えている。
JPS展金賞、コニカミノルタ・フォトプレミオ、視点賞など受賞。
【著書・写真集】
『まなざしが出会う場所へ—越境する写真家として生きる』(新泉社) 『回帰するブラジル』(瀬戸内人) 『希望のダンス—エイズで親をなくしたウガンダの子どもたち』(学研教育出版) 『今日という日を摘み取れ』(サウダージ・ブックス)
【共著】
『ファインダー越しの 3.11』(原書房) 『みんなたいせつ——世界人権宣言の絵本』(岩崎書店)
【最近の主な写真展】
『まなざしが出会う場所ヘー渇望するアフリカ』(フジフィルムスクエア、2019年5月)
『GO TO THE PEOPLES 人びとのただ中へ』(キヤノンギャラリーS、2020年11月)
【受賞の言葉】
受賞の知らせをアルメニアからバングラデシュに移動してきた直後に受けました。思えば、写真家になると決意して早29年。今日もこうして写真家でいられるだけでもありがたいことなのに、さらにこの度、第4回「笹本恒子写真賞」に選んで頂く幸運にあずかり ました。これまでに写真を撮らせてくれた人、見てくれた人、撮ることと見ることの両面 で支えてくれた人、感謝を伝えたいたくさんの人の顔が浮かびました。生と死の狭間で人 が生きているような苛烈な現場に入っていかなければ見えないものがあります。そこを足場に、異質な世界への共感と、よりよい未来への想像に向かう道を写真の力で拓く。それが私のテーマです。人と人の関係が引き離される不確実な時代にあって、カメラを持って 移動して生身で他者に対面するという写真行為の基本に、今こそ立ち返ることが大切だと思います。この受賞で、「失敗を恐れず、挑戦する勇気を持て」と言ってもらえた気がします。ありがとうございました。
【お知らせ】
授賞式:12月8日(水) JCIIビル6階(予定)
写真展:12月16日(木)〜22日(水) アイデムフォトギャラリー[シリウス](予定)
【笹本恒子写真賞について】
わが国初の女性報道写真家として活躍された笹本恒子(1914年生)名誉会員の多年にわたる業績を記念して、実績ある写真家の活動を支援する「笹本恒子写真賞」を平成28(2016)年に創設。選考委員は野町和嘉(日本写真家協会会長)、前川貴行(写真家)、佐伯剛(編集者)(敬称略)。
笹本恒子(ささもと・つねこ)略歴
笹本さんは1914(大正3)年東京生まれ。画家を志してアルバイトとして東京日日新聞社(現毎日新聞社)で、紙面のカットを描いていたところ、1940(昭和15年財団法人写真協会の誘いで報道写真家に転身。日独伊三国同盟の婦人祝賀会を手始めに、戦時中の様々な国際会議などを撮影。戦後はフリーとして活動をし、安保闘争から時の人物を数多く撮影。JPS創立会員。
現在も写真集の出版、執筆。写真展、講演会等で活躍。
受賞歴
1996年東京女性財団賞、2001年第16回ダイヤモンド賞、2011年吉川英治文化賞、日本写真協会功労賞、2014年ベストドレッサー賞特別賞受賞。
2016年写真界のアカデミー賞といわれる「ルーシー・アワード賞」受賞。
【選評】
野町 和嘉
第4回笹本恒子写真賞は渋谷敦志さんに決定した。 渋谷さんは、日本の写真界にあってもっともアクティブに、そしてグローバルな視点を持って活動を続けているフォトジャーナリストだ。民族紛争、飢餓、難民、環境破壊といった不条理に晒され、生存を脅かされるなどあらゆる困難を背負うことになった弱者に寄り添い、共に苦悩を引き受け、人々の中に希望の光を何とか探り当てようと愚直に取材活動を続けている希有な存在である。そのために、国境なき医師団、国連UNHCR協会やJICAといった援助機関と常に連携をとることで、世界の底辺に埋もれ、喘いでいる声なき声に耳を傾ける、張りつめた問題意識 を持ち続けてきた。
これまで積み重ねてきた一連の作品からは、昨今のフォトジャーナリズムが置かれた厳しい環境を生き抜いていく強い覚悟と信念が滲み出ている。推薦された候補作品の中で、古見きゅうさんの写真集『TRACK LAGOON』を巡りひとしきり議論となった。太平洋戦争で沈められた旧日本海軍艦艇の生々しい姿を、困難な潜水活動によって撮影した大変な労作であるのに、残念なことに編集方針にこだわりが見られず、やや中途半端な展開に終わってしまっていることだ。もう一度作品と向き合っていただきたいと切に願う。
前川 貴行
穏やかな人柄の渋谷敦志さん。人道的な問題が浮き彫りな国に赴き、写真と文章を通じて課題を提起してきた。彼の作品からは強い使命感がほとばしり、現場で起きていることがリアルに伝わってくる。写真の迫力もさることながら、本人の内に秘めた静かな凄みを感じざるを得ない。現在40代半ばで、写真家としては最も脂の乗った年齢だと思うが、こうしたドキュメンタリーは、食べて行くのがとても難しい分野といえる。そうした中、積極的に現地に出向き、自分の目で問題点をあぶり出し被写体に迫る姿は、痛ましくも清々しい。少なくともこの日本では、彼のように命がけで写真を撮ってくる写真家はほんの一握りだろう。立派な肩書きを掲げながら、毒にも薬にもならないものでお茶を濁す存在とは対極にいる。しかしおそらく彼自身は自分の仕事に満足などしていないだろう。それどころか、やればやるほど無力を痛感しているかもしれない。終わりのない世界に立ち向かうとはそういうことだと思う。優しさがにじみ出る魂で、人間の業に毅然として立ち向かう姿は、僕らに多くの気づきを与えてくれる。十分に身の安全を確保しつつ、過酷な現場からこれからも優れた作品を送り届けてもらいたい。
佐伯 剛
誰でも簡単に写真が撮れて似たような写真が氾濫する時代、人との違いを出すための小手先の作為は、写真表現を堕落させます。被写体への誠実さ、関係の深め方、 時間のかけ方、困難なことへのチャレンジによって、誰もが簡単に真似のできない写真世界が生まれます。しかし、性急な結果を求める社会のなかで、そうした真摯な取り組みに光が当たらないことが多く、写真表現に対する賞というのは、真の意 味で固有のチャレンジを続けている写真家を応援するものでなければならないと思います。そのことと笹本恒子賞の特性を踏まえ、私は、渋谷淳志さんと古見きゅうさんが賞に相応しいと判断致しました。最終的に受賞者となった渋谷さんは、世界の様々な地域の紛争や飢餓、児童労働、災害の現場で起こる人権問題等に向き合い 続けておられます。報道写真にありがちな、センセーショナルな場面を狙ったものではなく、また断片的な記録でもなく、人間の尊厳をテーマに長年にわたって活動し、その誠実な一貫性が写真の説得力とつながっています。惜しくも賞に選ばれなかった古見さんは、写真が人々の目に届くところまでが写真家の責任であると自覚され、編集構成にも意識を傾ければ、テーマの深さや写真の力が、より明確に伝わると思います。今後に期待致します。