2008年第4回名取洋之助写真賞受賞者発表
第4回 平成20年(2008年)
授賞式
平成20年(2008年)12月10日(水)午後5時
アルカディア市ヶ谷「富士の間」
受賞作品展
富士フイルムフォトサロン
東京・平成21年(2009年)1月23日(金)~29日(木)
大阪・平成21年(2009年)2月27日(金)~3月5日(木)
名取洋之助写真賞(1名)
柳瀬元樹(やなせ・げんき) 1978年東京都生まれ。29歳。 法政大学中退。広告写真家の父の影響で写真の道へ。 2006年より写真家としての活動を始める。 現在、フリーランスで活動中。神奈川県横浜市在住。 |
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作品内容 「七つの国境・六つの共和国・五つの民族・四つの言語・三つの宗教・二つの文字」の旧ユーゴスラビア連邦共和国から分離独立した国々の現在を追った作品群。今年二月に独立を宣言したコソボ、その独立を永遠に承認しないと主張するセルビア、平和な繁栄を目指しながらも地域的には民族間対立を残しているその他の国々。政治的な主張はことさらに持たず、民族紛争とは何なのか、解決はあるのかと自問しながら、淡々と紛争の火種を抱える現状を記録し、提示している。 |
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受賞者の言葉 このような素晴らしい賞を頂き大変光栄に存じます。この場に足跡を遺せる事は自分にとって大変な励みとなり、今後の活動への大きな糧となると思います。この喜びと感謝の念を今まで世界で出会った全ての人へ捧げます。 世界の片隅の現状を、世界というもの、人間というものを知ること。作品を見てくれた方々に、少しでも何かを感じ、少しでも何かを考えて頂ければと願っております。 |
奨励賞(1名)
中井菜央(なかい・なお) 1978年山口県生まれ。30歳。 日本写真芸術専門学校卒業。 現在、フリーランスで活動中。 東京都中野区在住。 |
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作品内容 目の前にあるものをすべて遊びに変えようとする感性、ストレートな感情表現、些細なことにも傷ついてしまう繊細さ、衝動をそのまま行動に移してしまう直情性。昔も今も、子どもの本質は変わらない。環境や時代の変化に惑わされず、子どもと真正面から向き合うという姿勢で取り続けた作品群。大人から見れば過去にすぎない「子ども時代」を「子どもにとっての現在」として捉え、子どもいう存在の本質を追求する 受賞者の言葉 「こどものじかん」それは大人になってしまった私達から見れば、ただ懐かしい光景にうつるかも知れません。けれども子ども達は今を生きています。私の写真を通して子ども達の生きるパワー、そして今の子ども達にとって本当に必要なものは何なのか、ともう一度立ち止まり考えるきっかけになってもらえればと思っています。そして大人である私を受け入れ一緒になって遊んでくれた子ども達、快く撮影を承諾して下さったご家族の方々にもこの場をかりてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。 |
審査総評
第4回名取洋之助写真賞の選考を終えて
田沼武能(日本写真家協会会長)
今年度は56名の応募者、57作品を審査した。回を重ねるごとに応募者が増え、作品内容も向上しており、主催者としては喜ばしい。
二次審査で11点の作品が選ばれた。中学3年生岡部優君の作品は、長崎の町に息づく中国文化をテーマに、若い感覚でまとめた力作。中西祐介氏「拳の行方」は、無名のボクサーが夢を実現させるために人生をかける真摯な姿。新しい感覚で祭りを捉えた中塩正樹氏。しっかりした取材基盤でドキュメントした「Little Baghdad」。個性豊かな表現で八重山諸島を捉えた矢口清貴氏の「魂は廻る」。昨年奨励賞受賞者山本剛士氏「視覚障害者と盲人野球」。今回受賞した「ユーゴの残影」「こどものじかん」。いづれも力作揃いであった。投票の後、各審査員の評価を総合し全員一致で決定した。
柳瀬元樹氏の「ユーゴの残影」は、今年新ユーゴスラビアから独立を宣言したコソボに暮らす人びと。いまだに残る戦争の痕跡、戦死者の顔、顔、顔、アルバニア系とセルビア系民族の目に見えぬ軋轢、深刻な民族問題等々、戦争のはかなさがひしひしと伝わってくる。そして、厳しい社会生活の中でも人間は、人を愛し、強く生きる人間ドラマが伝わってくる。
中井菜央さんの「こどものじかん」は、現代をしたたかに生きる子どもたちを適確なカメラアイでドキュメントしている。その一点一点に子どもの心理状況が伝わってくる。あみだくじに書かれた文面、コインロッカーで遊ぶ姿、ふと一人になった時の孤独感、実によいフットワークで現代っ子を表徴する光景を捉えている。
フォトジャーナリストは、我われの生きる現代を後世に伝える重要な役目を担っている。この名取洋之助写真賞にチャレンジする若者たちから次世代を担う写真家がたくさん育つことを願う次第である。
「写真群が動くとき」
椎名誠(作家・写真家)
今回はとりわけ優れた作品が多く審査に苦労した。
まず、こちらのスタンスを明確にし、最終的に絞りこまれてきた数点の候補作と真正面から対峙しないと、押し倒されてしまいそうな「写真の風圧」のようなものを感じた。
とりわけ最優秀作品「ユーゴの残影」の感性にたじろいだ。
一枚ごとの写真が語っている無言が、優れた組写真の「構成力」によってやがて全体が何かを語りだす。
軍靴の音が聞こえ、低い叫び声が聞こえ、どこかで鳥の鳴き声があり、物陰から啜り泣くような声が聞こえる。
でもどこかにやすらかな魂の歌も聞こえる。ドキュメンタリとしての沢山の写真が一斉に動きだすときだ。文章では語りえない世界は常に厳然としてある。その見本のような作品がこれではないかと思った。
「こどものじかん」のしたたかさは、現代の子供が共通して自然に持っているものなのか、あるいは作者の思考と視線のもとにあるものなのか―しばし考えさせられる作品だった。
けれど作品全体が持っているとにかく圧倒的な感情と行動の「バクハツするようなちから」が、見る者を急速にこの小さなあばれものたちの世界にひきずりこんでくれるので、この作品にもただひたすら圧倒されていたのだった。日本の若い作家はみんなとてつもなくうまくなっている。。
第4回名取洋之助賞審査総評
金子隆一(写真評論家)
第4回となった名取賞の選考は、今までになく困難な作業であった。まず応募点数が57作品と数が多かったこと、そしてその内容のレベルが高かったことである。点数の増加はいうまでもなく名取賞が社会に確実に周知されてきたことの表れにほかならない。このことはレベルの向上と無関係ではない。毎回指摘してきた「30点の写真によるシークエンスである主題を適切に語る力」を感じさせる作品が多かったことが、選考の困難さの理由であった。最終選考に残った5作品、岡部優「中国文化の息づく町」、中井菜央「こどものじかん」、中野智文「Little Baghdad」、矢口清貴「魂は廻る(マブイハメグル)」、柳瀬元樹「ユーゴの残影」から、名取賞を選ぶにあたって決定的に問題となったのは「名取洋之助賞とは何か」ということであった。矢口の作品は、その写真表現として大変優れたものであったが、主題とシークエンスの明解さという点において名取洋之助が目指した報道写真の伝統を引き継ぐものではない、ということで大変残念であったが選考から外すこととなった。名取賞を受賞した柳瀬の作品は、巧なカメラワークと明解なシークエンスでコソボの現実を伝えるものとして評価された。中井の作品は、ユニークなカメラ・アイは現代のこどもの断面をみせるものであったが、シークエンスの緊密さという点で奨励賞になった。14歳の岡部と中野の作品は、それぞれ個性的ではあるが他の作品とくらべて今一歩インパクトにかけるという評価であった。
第5回へ向けて、名取賞が現代社会における写真の在り方をどのように問いかけてゆくのか、ということを痛切に感じさせられた選考であった。