“画角を自由に変えられる”のがズームレンズの特徴・魅力ですが、それを強く実感できるのが「高倍率ズーム」です。その利便性の高さから、一眼レフの頃から常用してきた人は多いでしょう。一方で、高倍率ズームは便利だけど画質がイマイチなのでは? とか、動きの速い被写体だとAF追従が心配……。といった、長年にわたる先入観や不安を抱き続ける人も、少なからずいると思います。しかし、カメラボディと同様に、交換レンズの性能や機能も進化し続けています。今日のミラーレス時代における高倍率ズームは、どの程度の進化を遂げているのか? その疑問を、高倍率ズームのパイオニアである「タムロン」の開発陣に投げかけました。そして、実際に撮影して確認してみました。
撮影と執筆:JPS 吉森信哉 取材協力:株式会社タムロン
高倍率ズームの歴史はここから始まった
初代28-200mm「モデル71D」登場!
ズーム比が大きいレンズを「高倍率ズーム」と呼びますが、具体的な定義や認識(倍率や焦点距離域)は少々曖昧です。近年では望遠や超望遠域に特化した高倍率ズームも多く存在しますが、多くの人は、28-200mmや28-300mm(いずれも35ミリ判換算での焦点距離)などの広角域から本格望遠域までカバーする製品をイメージするでしょう。
高倍率ズームの先駆けとなった製品が、1992年に発売された「AF28-200mm F/3.8-5.6 Aspherical(Model 71D)」です。それ以前にも、28-135mmや35-200mmなど、広角から望遠域までカバーする製品はありました。しかし、高倍率ズームと呼ぶには倍率が少々物足りません。また、28-200mmの製品もありましたが、今述べた28-135mmや35-200mmも含めて、大きさや質量の面では“軽快なレンズ”とは言えないものでした。
しかし、AF28-200mm F/3.8-5.6 Aspherical(Model 71D)は、2枚の非球面レンズを使用した最新の光学設計と、トリプルカムズームシステムの採用によって、画質を維持しながら驚きのコンパクト化を実現。全長は81.5mmで質量は430gで、かなり軽快なレンズに仕上がっているのです。この430gという質量は、先ほど述べた28-135mmや35-200mmや28-200mmなどと比べると、およそ300gほど軽い数値になります。
このAF28-200mm F/3.8-5.6 Aspherical(Model 71D)のヒットによって、高倍率ズームの認知度や普及度は急速に高まりました。そして、今日では“汎用性の高い常用レンズ”として、多くの人がその存在意義や利便性の高さを認めているのです。
28-200mmシリーズの初代モデル、AF28-200mm F/3.8-5.6 Aspherical(Model 71D)。タバコの箱を一回転させた大きさを目標サイズに設定して、その開発がスタートしたと言う。1992年発売。
高倍率ズームに関するメーカーQ&A
カメラのミラーレス化で高倍率ズームも各段に進化
Q:1992年発売のAF28-200mm F/3.8-5.6 Aspherical(Model 71D)から現在のミラーレス用までの製品の中で、画質面(高画質化)で大きなブレイクスルーがあったモデルと、その理由を教えてください。
A:「Model 71D」から現在まで、画質面は日進月歩で進化しています。
これまで様々なブレイクスルーがありましたが、その中でも大きなものを挙げると一眼レフからミラーレスへ切り替わったことです。
ショートフランジバックや各種シミュレーションの活用、フォーカスがカム式からリニアモータなどのダイレクト駆動方式へ変わったことによる、設計自由度のUPが高画質化の要因のひとつになっていると思います。
その成果のひとつとして、28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)が挙げられます。このレンズは、高倍率ズームとF2.8の明るさという今までにないレンズとして企画しました。高倍率ズームを作り続けてきたタムロンならではのレンズではないかと思っています。企画・コンセプト段階から“ワイド端F2.8”の要望があるなか、特に光学設計はこれまでになかった性能を実現するため、何度も設計トライ&エラーを繰り返し、開発・製造に漕ぎつけた。この設計者の“血のにじむような努力”が、完成できた一番の要因かもしれません。
28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)。2020年発売。
手前にある茂みの隙間から、その先にあるシャクナゲの花を狙う。本格望遠域200mmの引き寄せ効果やボケ描写を生かしたアプローチである。絞り開放による撮影だが、フォーカス部分の花を含め、全体の画質も満足度の高いものだった。
ソニー α7 III タムロン 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)・200mmで撮影 絞り優先オート F5.6 1/160秒 WB:太陽光 ISO400
シャクナゲの花に近づいて、広角端28mmで肉薄してみる。最短撮影距離の短さ(0.19m。この写真ではそこまで接近していないが)と開放F値2.8を生かせば、望遠域とは違う写真表現が可能になる。
ソニー α7 III タムロン 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)・28mmで撮影 絞り優先オート F2.8 1/250秒 WB:太陽光 ISO125
高画素化などへの対応で、設計や製造のレベルも向上
Q:フィルム時代からデジタル時代に変わった事で、光学設計の基準・水準はどの程度変わりましたか?
A:数値的・定量的な比較は難しい部分もありますが、カメラ本体の高画素化に伴い、高い光学設計性能を実現するため、レンズ製造技術も大きく進化しています。生産ラインで使用される各種調整装置や最終検査機器など、より高精度な装置の開発を独自に行っています。
さらに、AFとして求められる制御性・停止精度も格段に上がっています。
コーティングの面では、デジタルに変わってセンサー面との反射を防ぐコーティング技術も大幅に向上しました。
これらを満たすレンズを作るべくチームタムロンで一丸となって取り組んでいます。
Q:ミラーレス用製品における、設計や製造の難しさは?(一眼レフ用製品と比べて)
A:世の中から求められる性能のレベルが数段アップしているため、光学設計自体は難しくなっています。AFの高速化・高精度化に伴う制約が代表的なその一つだと思います。
機構(鏡筒)設計の観点からは、電気的な連動が多く、物理的な連動が少ないため、鏡筒内の省スペース化で有利になりました。一方で、より小型・軽量を求められるようになり、強度や精度との両立などの面で、技術者は頑張っております。
“ズーム倍率:18倍超”という高倍率ながら、描写性能にこだわって設計・製造された18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD。4枚のLD(異常低分散)レンズや3枚の複合非球面レンズなどの特殊硝材を贅沢に使用し、画面全域で安定した描写を実現。色収差をはじめとする諸収差も低減されている。
ソニー α6700 タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)・96mmで撮影 絞り優先オート F8 1/80秒 WB:太陽光 ISO800
28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD(Model A071)には、従来から採用されている高い反射防止性能を持つBBAR(Broad-Band Anti-Reflection)コーティングが施されている。そして、18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)には、その性能を大幅に進化させたBBAR-G2コーティングが施されている。
眩しい太陽を画面内に取り入れた、レンズにとっては厳しい逆光条件での撮影。だが、BBAR(Broad-Band Anti-Reflection)コーティングの功績もあって、ゴーストやフレアが抑えられたクリアな描写を得る事ができた。
ソニー α7 III タムロン 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)・28mmで撮影 絞り優先オート F8 1/1000秒 +0.7補正 WB:太陽光 ISO100
従来の一眼レフ用「超高倍率ズーム」と
現在のAPS-Cミラーレス用製品との違い
Q:APS-Cサイズ一眼レフ用には、ズーム倍率約22.2倍の「超高倍率ズーム」とも呼べる18-400mm F/3.5-6.3 Di II VC HLD(Model B028)がありました。その製品と、現在のAPS-Cサイズミラーレス用の18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)との、製品コンセプトの違いや性能の差を教えてください。
A:コンセプトとしては、焦点距離等からも分かるように大きな差異はありません。
18-400mm F3.5-6.3(Model B028)は一眼レフ用のレンズになります。
18-300mm F3.5-6.3(Model B061)はミラーレス用高倍率レンズとして企画・コンセプトを作成した製品になります。
違いとしては、後者は特にミラーレスカメラ特性の一つでもある小型・軽量を意識し望遠端を300mmまでとし、ワイド側でのハーフマクロ撮影などの光学性能やAF性能、手振れ補正機能などの各種性能・機能をブラッシュアップ・順当進化させました。この製品は、現在弊社が持ちうる技術を搭載したタムロンらしい高倍率ズームレンズのひとつだと考えています。
18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)。2021年発売。
フライングケージの前に立ち、広角端28mmで眼前の木に留まるイヌワシを狙ってみる。当然ながら、ワシ自体より“ワシが居る環境”が分かる状況写真になってくる。
ソニー α6700 タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)・18mmで撮影 絞り優先オート F8 1/30秒 WB:オート ISO100
これは望遠端300mmで狙ったもので、APS-Cサイズのカメラの場合、450mm相当(35ミリ判換算)の超望遠画角になる。木に留まるイヌワシの精悍な横顔がしっかり確認できるほど、大きく写す事が可能に。
ソニー α6700 タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)・300mmで撮影 シャッター優先オート F6.3 1/500秒 WB:オート ISO2000
2種類のAF駆動機構のメリット&デメリット
Q:AF駆動に関して、28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD(Model A071)にはRXDが、18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)にはVXDが採用されています。それぞれの特徴やメリットを教えてください。
A:RXDとVXDのメリットデメリットとして、代表的なものとしては以下が挙げられると思います。
「RXD」メリット:軽量化、開発・製造の低コスト化。デメリット:AF速度、精度。
「VXD」メリット:AF速度、精度。デメリット:軽量化、開発・製造の低コスト化。
ただし、これは原理的な特徴であり、どちらも当然ながらコンセプトや仕様、ユーザー様の使用に満足いただけるよう、最適設計、製造品質の確保に取り組んでおります。いずれの製品(アクチュエーター)であれ、ユーザー様の目的・用途に合わせて御安心してご利用頂ければと思います。
高速で精緻なAFを可能にする独自開発のステッピングモーターユニット、RXD(Rapid eXtra-silent stepping Drive)。28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)などに採用されている。
高倍率ズームとして最高レベルの速度・精度・応答性を兼ね備える独自のリニアモーターフォーカス機構、VXD(Voice-coil eXtreme-torque Drive)。18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)などに採用されている。
ホームを高速で通過する特急列車を、高速連写で追い続けてみた。AF追従性も非常に高いハイレベルなAF駆動機構「VXD」を搭載するモデルは、こういった乗り物をはじめ、昆虫や動物などの撮影に最適である。
ソニー α6700 タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)・55mmで撮影 シャッター優先オート F4.5 1/2000秒 WB:オート ISO800
驚異的な近接性能でクローズアップ表現が可能に
Q:世代が進むごとに最短撮影距離の短縮や最大撮影倍率の向上が進んでいますが、近接撮影時の画質は大丈夫ですか? 書類の複写などにも使えますか?
A:詳細についてはお答えできないのですが、近接性能については開発・設計段階はもちろん、製造段階でも様々な項目において検証・評価・検査のうえお客様のもとに届けられるように取り組んでおります。
条件などに依存する部分も多分にありますが、正式な(公的な)文書等の複写等には向かない場合はあると思います。写真表現や普段の生活の中での“メモ”としての活用などには十分な性能が備わっていると考えます。
18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)。その広角端・最短撮影距離0.15m時のワーキングディスタンス(レンズ先端から被写体までの距離)は、なんと5mm! 最大撮影倍率1:2(0.5倍)というマクロレンズ並のクローズアップ撮影が可能になる。
フードを外して、28mm域で白いユリの花に接近する。シベの先端をポイント(ピントを合わせる所)に接近していくと、ファインダー越しに花弁の一部がレンズ前面に触れる様子が分かった。被写体に近づき過ぎるとピントが合わない……そんな概念が吹き飛んでしまうレンズである。
ソニー α6700 タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)・18mmで撮影 絞り優先オート F5.6 1/80秒 +0.3補正 WB:太陽光 ISO100
悪天候や長期使用を見越した設計や技術
Q:28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD(Model A071)や18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)にも簡易防滴構造が採用されています。その防滴性能は、全域F2.8の大口径ズームなどと同レベルですか?
また、鏡筒繰り出し量が大きい高倍率ズームは、長期使用での耐久性や精度も気になります。そこに対する対策や工夫はありますか?
A:防滴性能は基本的に同レベルです。いずれのレンズであれ、一定の社内規格を達成した状態まで、開発時点から様々な検証をしユーザー様のもとに届けられるよう開発・製造しております。御安心して使い倒してください。
一方で、B061に代表されるような繰り出し量が多いモデルやスイッチなどの機能パーツが多いモデルほど、各種侵入のリスクが他に比べると高いことも事実です。ですから、使用状況については他の工業製品同様に、ある程度の配慮(ゲリラ豪雨の最中にわざわざ撮影しないとか)を頂けると、より安全に長く御利用いただけるかと思います。
そして、耐久性に関して。一眼レフレンズ開発より培ってきた技術的なノウハウなどについては、現在も様々な取り組みをしております。いずれのモデルにおいても、ズーム作動に代表されるような各部の動作耐久は、開発・設計段階より実機での評価・検査などを経てユーザー様のもとにお届けするようにしております。
近年では、様々なCAE技術(※)や手法があるので、そういった技術の展開も行っています。また、設計時点から材料・構造・形状などの設計技術にとどまらず、組立の工程設計、最終的にユーザー様が手に取る実機での実際の耐久検査など、様々な角度からより良い製品開発に繋げられるよう、チーム一丸となって取り組んでおります。
※CAE:「Computer Aided Engineering」の略称。コンピュータを利用した工学支援システム。
レンズ鏡筒の可動部や接合部の各所に、防滴用のシーリングを配する。これによって、外部からの水滴の侵入を防ぐ(この画像は28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXDのもの)。
18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)を望遠端300mmにセットした状態。全長を抑えたレンズボディに高倍率ズーム機構を内包し、鏡筒を確実に保持するための「多層カム構造」を採用。スムーズで剛性のある確実な2-3段繰り出しを可能にする、タムロンのオリジナル・テクノロジーである。
高倍率ズームはミラーレスの弱点もカバーする常用レンズの代表格
山陰の神社の参道にて。可愛らしいウサギの石像に近づく女性がいたので、とっさに望遠側にズームし、その女性の手も絡めながらウサギ像を撮影。高倍率ズームの機動性や速写性の高さが実感できるシチュエーションである。
ソニー α7 III タムロン 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071)・135mmで撮影 絞り優先オート F5.6 1/160秒 WB:オート ISO125
温室内の植物に止まる蝶(オオゴマダラ)を、本格望遠域にズームして狙う。使用レンズには、望遠域で発生しやすいブレを抑制してくれる、独自の手ブレ補正機構「VC」が搭載されている。そのため、光量に恵まれない条件での望遠撮影でも、手ブレを抑えた撮影が可能になった。
ソニー α6700 タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061)・227mmで撮影 絞り優先オート F6.3 1/40秒 WB:オート ISO800
一眼レフと同様に、ミラーレスカメラも“交換レンズが駆使できる”という点が大きな魅力です。しかし、ミラーレスカメラの多くは、シャッター(物理的なシャッター幕)が閉じていない状態になっています。そのため、レンズ交換時に撮像センサーにゴミが付着する危険性が高まってきます。「多くのミラーレスカメラには、センサーのゴミ取り機構が搭載されてるから問題ない」と反論される人もいるでしょう。しかし、実際には付着したゴミが落とせないケースも多々あります。その点、広角から本格望遠域までカバーする高倍率ズームなら、レンズ交換が不要になるか、交換頻度が下げられるため、センサーゴミ付着のリスクも下げられます。
もちろん、レンズキットにも含まれるリーズナブルな標準ズームや、明るさや究極の描写性能を追求したプロ仕様の大口径ズームなど、常用ズームレンズの選択肢は多々あります。ですが、今述べたセンサーのゴミ付着問題や、従来製品からの画質向上や最短撮影距離の短縮(初代28-200mm:全域2.1m。現行28-200mm:広角端0.19m)。これらの条件を踏まえると、現在のミラーレス用の高倍率ズームは、プロやハイアマチュアも含め多くのカメラマンにとって、非常に魅力的な撮影アイテムと言えるでしょう。
●タムロン 高倍率ズームヒストリー
https://www.tamron.com/jp/consumer/sp/all_in_one/
●タムロン 28-200mm F/2.8-5.6 Di III RXD (Model A071) 製品情報
https://www.tamron.com/jp/consumer/lenses/a071/
●タムロン 18-300mm F/3.5-6.3 Di III-A VC VXD(Model B061) 製品情報
https://www.tamron.com/jp/consumer/lenses/b061/